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今月の航海日誌

航海日誌Vol.191 (2018.02.01)

一剣を持して起つ

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

一剣を持して起つ(いっけんをじしてたつ)とは、自分が得意とする業を持って、世に立つことであるという。

私が言う一剣を持すは、自らの得意技を指す狭い了見でなく、生涯を通して変わらぬ意義ある目的である。それは、考えてつくるものではなく、心の底を揺り動かすような感動によって生まれてくるものである。その命から湧き出るマグマのような力から、我慢強い忍耐力や根性が養われる。もしこのような目的で行動するならば、いつ死んでもいい、生死すら関係なくなってしまうというものである。

真に生きるとは、ただ単に生き永らえることではなく、この命を何のために使うのかである。あなたは何に命を懸けるのかが問われている。いつでも、命を捨てる覚悟があってこそ、命を懸けても悔いない目的に巡り合えるのである。そこに、生と死が一つである所以がある。

毎日を何となく過ごしている人からは、何のために死ねるかの答えは得られない。命の最高の喜びは、命を懸けても惜しくない目的に出会うことである。そのときこそ、命は最も充実した生の喜びを味わい、激しく燃え上がる。達観せずにはいられない病気、失敗、災難などの出来事に出くわしたとき初めて、一体人生とは何なのかを否応なしに考えさせられる。そのとき、ハッと「気付き」命を懸けてよい目的と出会えることが多い。

私が最大の「気づき」を得たのは、青年期に過ごした南東太平洋の戦場である。そこでは、何度も死に直面しながら、命永らえた。昭和20年1月、最後の戦場フィリピンの基地から、貴重な内地向けの空輸便を得て、祖国日本に帰ることができた。それまでに多くの戦友を亡くし、なおすべての隊員を残したまま、自分たちだけが生きて帰れることに、言いようのない負い目を感じずにはいられなかった。

当時の厳しい戦況にも関わらず、私ごとき下級の兵士に、貴重な空輸便での帰国の命が下るはずがなく、今もって謎である。おそらく、私の戦場での命懸けの働きぶりを、上官は見ていたに違いないとしか考えられない。後に、隊員のすべては武器を持たずにフィリピンの山中に退避を続け、終戦と同時に米軍の収容所に入り、復員船で帰国したのを大分経って聞いた。

やがて終戦となり、故郷高松にたどり着き、何も残っていない焦土と化した我が家の焼け跡に立った。生きている自分が不思議だった。とっくに死んでいるはずの私がここに立っているのは、夢を見ているのではないかと思わずにはいられなかった。

夢ではない。今生きているこの私は、神から与えられた新しい命によって、生かされているのだと思い直して心が収まった。以来、一日一日が余分の命、無駄にしては相済まぬという気持ちから、「他に役立つことで、与えられた命を生かす」と心に誓った。それが私の一生を決める核心となった。一剣を持したのである。

この感動によって、命から湧き出た精神的な基盤は、その後の私の行動を決める力となった。戦後、無一文の中から、数人規模の小さな企業を起ち上げ、その経営に携わった。経営の知識が皆無の私だったが、模索していく中でドラッカーの理念である「企業経営の目的は利益の追求ではない、価値を創造することによって社会の貢献にあり、その貢献度に応じて利益が与えられる」に巡り合った。私の核心であった「他に役立つことで、命は生かされる」考えと少しも違わないことに気が付いた。

この考えで経営するならば、たとえ潰れても悔いはないとさえ思った。70年余りを経た現在、社員数3300名余り、年間売上高約1800億円、その半数近くは輸出によるという世界的企業にまで成長することができた。当初、このように発展するとは夢にも思っていなかった。ただ一つ言えることは、経営に対する理念が、大自然の理に適っていたこと、私が天命と心に決めた「他に役立つことで命が生かされる」考えが、合致していたことによる。

人間の一生を達観するならば、青年期をいかに過ごしたかによって帰趨(きすう)が決まるといってよいだろう。動物行動学者コンラート・ローレンツは、「若いときに何ら困難に遭わなかったのは不幸である」と述べている。日本でも、「かわいい子には旅させよ」「苦労は買ってでもせよ」という言葉がある。動物界のライオンは、生まれたわが子を谷へ突き落とし、這い上がってきたものしか育てない。故に百獣の王足り得るのである。

振り返ってみて私は、大東亜戦争に従事し、幸いにも数知れぬ生死を越える機会に巡り合えたからこそ、私の一生を決定付ける、「一剣を持して起つ」ことができた。もし、来世に生まれるならば、再びあの死と向き合う体験をし、限りある命を生かす生き方をしたいと、しきりに思うこの頃である。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2017年11月)より』

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