Vol.290 「感謝にまさる能力なし」

今回のテーマの「感謝」という言葉で一番に思い浮かぶのは亡き母のことである。

私が小学校1年の時、学期末通信簿の全学科が甲だった。ニッコリしている母を見て私も嬉しくなり、家で勉強するのが楽しくなった。小学校の6年間、成績が良かったのは、そのお蔭かもしれぬ。

小学校を終える頃、父の勧めで、大阪の職工学校へ行くことを決めた。14歳から5年間下宿生活をした。私の孤独に強い性格は、この時つくられたのだと思う。「可愛い児には旅させよ」とは、このことだ。

私が大阪で暮らしていた間、毎週母から葉書が届き、細かい文字でぎっしり近況を知らせてきていた。家には5人の弟妹がおり、その世話などで大変忙しかったと思う。その中で時間を割いて便りを送ってくれたことは一番印象に残っている。人に対する思いやりの基礎を学んだと思う。

母が97歳で体調不良により、病院に入院した時、私が見舞いに行くと小さな声で「ありがとう」と言い、あとは互いの目を見つめながら過ごした。

言葉は無くともお互いの思いは充分に理解しあえた。心が通い合い濃密な時間を過ごすことができた。

母が亡くなった時、眠っているような安らかな顔を見た。院長から「立派な人であった。私がそばに行くと、ありがとうと何度も言ってくれた。」と私に話してくださった。

母の最期の姿で、人として生きる上で大切な能力を教えてもらった気がしてやまない。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2026年4月)より』