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Vol.280 「読書立国」

2025/08/06

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

「読書立国」とは、 読書によって国を立派にしていくことを指す。企業の経営は人なりといわれるように、国を良くするのも人である。読書は人を磨き成長させる。私の生涯を振り返り、読書について考えてみたい。

幼年の頃、文字を読めるようになった私に、父は絵本『グリム童話集』をそっと渡してくれた。暖かい気持ちを感じながら読んだのが読書の始まりだった。たえず読みたい本を手元に置いて、手に取るようになったのは戦後である。多くの本に触れ、学びの喜びを知った。感じいった部分には線を引き、抜き書きをして振り返れるようにしている。

その中で、私の生涯を導いてくれた著書がある。企業経営については、ピーター・ファーディナンド・ドラッカー、人生の指針としてはソクラテス、レフ・トルストイ、ヴィクトール・エミール・フランクルの3哲人の書である。

まずドラッカー著『現代の経営』から記す。戦後、焼け野が原になった郷土に復員し、父と弟と3人が、24坪のバラック建ての工場で焼損機械の修理を始めた。我が社の始まりであり、25歳の時だった。80年後の今日、従業員4916人になり、年生産売り上げ3000億円という成長を遂げている。

寝食を忘れ油圧クレーン試作品を作った後、次々に注文が舞い込むようなった。私は社長を任され、会社経営の在り方に悩んだ。その時に出会ったのがドラッガーの著『現代の経営』である。そこには、企業経営の目的について記されていた。利益のみを追求していけば、その企業に関わるすべての顧客並びに従業員は、利益追求目的の手段にされてしまう。目的は、社会に貢献することであり、その貢献度に相応して、社会から利益が与えられるという。

悩み抜いていた私にその経営哲学が、腹の底まで浸み込んだ。この考えで経営するなら、たとえ企業が潰れても惜しくないとまで思った。私が南の戦場で生き残れた恩に報いたいという思いにも、一致していた。

一躍勇気を得た私は、その哲学を次々と具現化していった。まず「タイムレコーダー、出勤簿」の廃止から始まり、続いて全員月給制に変え、週休二日制にもした。この英断は四国では最初だった。人間は監督をされてはならない存在である。社員を信用し、自主性に任せたことによって、少数の遅刻と欠勤がピタッと止まったのである。これは我が社の自主自律の美風・文化となって、大きな精神的資産になっている。

次に、私の人生に重大な示唆を与えた3哲人の書について記す。80数年前、日米戦争の激戦地ラバウルで、戦闘機の整備下士官として参加していた。23歳だった。激しい戦闘で、毎夜「今日は無事だったが、明日は分からんぞ」と言い聞かせて眠る日が続いた。ある深夜「びくびくせずに潔く死ね」という声が心の奥から聞こえた。天啓だと感じ、同じ死ぬなら、前から撃たれて死のうと心に決めた。それ以来、弾雨の中を平気で行動する自分を発見した。天啓を聞いたのは心ではなく魂だったと直観した。強く心で決め、覚悟しても、死を受け容れることは到底できない。ラバウルの死闘で自分が魂の存在であることを知り得た。

戦後に読んだ3哲人の書が魂の存在を証明していた。ソクラテスの高弟子のプラトンの書『ソクラテスの弁明』に、彼は紀元前450年の頃、「魂を養い、徳を高めよ」とアテネ市民に説いて回っていたと記している。

また、心理学者のフランクルはユダヤ人のため、ナチスに捕われ、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に容れられ、戦後、その体験を書『夜と霧』に発表した。収容所では極限に追い込まれながらも、何人かの崇高な行動を見た。人間のどこから、自らの命をさしだすような行動が出るかを考え、それは人間の超越的無意識のなせる業であり、東洋でいう魂であると説いている。

文豪トルストイはその書『人生の道』に、「魂は肉体に宿り、心と身体を統御・支配する」とある。3人の先哲がそれぞれ著書で、私が直観した魂の存在を明記しており、確信を得た。戦後は、言わずもがな、体験で得た魂主導の生き方を始めた。それは克己の生き方であり、自分に勝つことに喜びをもたらした。

読書することは、先人からのさまざまな学びを得て、自分の生き方を見つめ、自分の道を切り開く智慧を受け取る「読書立志」であり、ひいては「読書立国」であるといえる。読書は元気溢れる104歳の今日を迎える原動力になっている。感謝して止まない。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2025年6月)より』

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