クッキー(Cookie)の使用について

本サイト(www.tadano.co.jp)は、快適にご利用いただくためにクッキー(Cookie)を使用しております。
Cookieの使用に同意いただける場合は「同意する」ボタンを押してください。
なお本サイトのCookie使用については、Webサイトにおける個人情報の取り扱いについてをご覧ください。

Lifting your dreams
検索

Vol.198 「人間の花」

2018/09/03

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

「人間の花」とは、人間が生来持つ資質天分を絶えず磨き、十分に発揮して生きることを指しているのではないか。社会からその価値を認められ、賞賛の的になることを、人は「あの人は花を咲かせた」という。人間は本来、自分の天分を生かし発展成長させ、花を咲かせたいという欲望や願望を持っている。その欲求は、身体的なものもあるが、他を愛し、真・善・美を求める、精神的なものも併せ持っている。

ところが、昔から欲は人間にとって好ましくないから、「欲を捨てろ」と教えられてきた。私は最近になって捨てるどころか、むしろ、欲求は必要不可欠と考えるようになった。人間に欲求があったからこそ、それを満たすために深く考え、工夫を凝らし、現在の文明・文化が構築された。100年前には予想もしなかった、さまざまな情報通信や乗り物・電気製品等の出現がそれを現している。もしも、人々が欲求を無くしていたらどうなっただろう。世界中がキリストや仏陀ばかりになって、人類の発展成長はストップしていたに違いない。問題は欲求の質であろう。

人間が肉体を持つからには、動物的欲求があるのは当然なのだが、大事なのは、人間のみが、身体的欲求を精神的欲求に変えられることである。すなわち、「衣食足りて礼節を知る」とあるように、衣食のような基礎的欲求が満たされると、礼節といった社会的欲求が生まれる。それが、社会の支持や承認を得て、人は自己実現への意欲を燃やすことができる。この自己実現こそ、まさに「人間の花」を咲かすことに他ならない。

「人間の花」を咲かせるのは、大自然の意志に沿った、人間に課せられた、尊い使命の現れであると私は考えている。97歳の生涯において、私自身の花が全開した原点は、かつての戦場の体験にある。

最前線の南の島で、死を目前にした私は、祖国の安寧(あんねい)と家族の平安のために、進んで命を捧げようと、全身全霊を傾けて戦った。死ぬか生きるかの境にいるから当然なのだが、私の一生でこれほど真剣になったことは他にない。自分の全能力を出し切り、私という花を最大限に開かそうとした瞬間だった。

戦いが終わった時、私はもう死ぬ必要が無くなったという、ホッとした気持ちを今でも覚えている。と同時に、自分が今生きているのが不思議に思えてならなかった。あの戦場でとっくに捨てたはずの命がここにあるのは、もしかすると夢ではないかと疑った。「そうではない、この生命は神が与えてくれた新しいものだ」と受けとることによって納得することができた。

以来今日まで、神から与えられた新しい命を無駄にせず、世のために役立てたいと考えてきた。戦後に興した零細企業を、年数を経ずして一部上場し、世界中を市場とする中堅企業に成長させることができた。それは、社員はもとより、多くの関係者の協力の賜物であるのは言うまでもない。社員の献血率が4割に達するという会社の精神文化は、まさに人間の花を開かせる土壌となっている。

私が、戦場の体験によって、自らを成長させ、花を咲かせた過程は、エリザベス・キューブラー=ロスの書「死、それは成長の最終段階」に次のように示されている。 「私たちは皆自分の成長を望んでいる。不思議に思うかもしれないが、成長するためのもっとも有効な方法は、死を研究し、死を経験することである。その辛い経験を通して、他の手段では到底得られない成長と人間性を獲得している。死を直視することは非常に辛い。だから私たちはそれを避け、逃げようとするが、もしそれに対処する勇気があれば、あなたは成長するであろう。これらを通して、死とその過程を体験することが、いかに人生を豊かにし、より人間らしい思いやりに満ちた人物に成長させるかを理解することができる」 まさに、死を直視することで、現在の私がつくられたといえる。

身体の緩慢な老化は抗しがたいが、精神は健全でなお成長し続けている。したがって、今の私は老いの一徹ともいえる偏見や愚見を、臆することなく人前に晒しているが、いかなる周囲の酷評も気にならない。その証拠に、視力も聴力も鈍った杖なしの歩行が、ペンギン・スタイルになっている自分を笑う余裕すらある。

身の回りに起きる出来事には、それがどんなに苦難であり、嫌悪すべきであっても、私にとって必要だから、神が与えてくれたのだと受けとれるようになっている。青年期に、死とその経過を体験したからだろうか、孤独を好むようになった。集団に属すことを避け、一人で考えることが多く、それが創造力を生み、リーダーシップを支えているのかもしれない。

なお、私という「人間の花」を咲かせるために、僅かな余生を充当しようと考えている。60数年続くアラームなしの5時起床はもとより、週に三日のリハビリテーションと、読書やエッセイの原稿づくりに寧日がない。この生活様式は、私にとって無理が無く、楽しく、身体の運動と頭の体操に役立っている。戦後、ドラッガーの理論を日本に紹介した野田一夫先生(91歳)の著書名にあるように、「悔しかったら、歳をとれ!」と言いたい。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2018年7月)より』

航海日誌