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Vol.229 「名作に心を洗う」

2021/05/06

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

これまで多くの先哲の書から心を洗われるような感動を受けている。その中で最も強く心を揺さぶられ、私の人生観を揺るぎ無いものにしてくれた書がある。ピーター・ファーディナンド・ドラッカーの『現代の経営』である。

我が社は、昭和23年(私が28歳の時)に、資本金50万円の零細企業として発足した。わずか半世紀余りを経て、現在の規模にまで奇跡的に発展することができた。それは社員が成長し、それぞれの能力を力一杯発揮してくれたからに他ならない。私が行ったのは、社員が育ち、やる気を起こす雰囲気をつくったことぐらいである。その原動力になったのが、ドラッカーの書にある「利益は企業の社会貢献の結果である」という言葉であった。

恥を申せば、創業以来10年近く私は企業経営の目的など考えたこともなく、ただがむしゃらに働き続けることで満足していた。丁度その頃、今にして思えば、玩具のような油圧クレーンをつくってみたのが予想外にヒットして全国から注文が殺到した。急遽人員や設備を増やしたが、その割に生産は上がらずかえって混乱を招くばかりだった。なぜうまくいかないのか、その原因を見出せず、自分の無能さを嫌というほど思い知らされた。そうした失意の時、ふと「何のために企業を経営しているのか」に対する答えを持っていないことに気が付いた。

それまで私は、企業とは社員と共に生きていく生活の手段だとしか頭になかった。確たる目的意識なしに経営している自分に愕然とした。企業経営の目的はどうあるべきかと真剣に模索し始めた。そうするうちに、前記の名著に巡り合えた。「利益は、経営の目的ではない、社会貢献度を示す尺度に過ぎない」という言葉に目から鱗が落ちる思いがした。

以来、この理念で経営するならば、たとえ潰れても悔いはないと腹をくくった。数年を経ずして、私が得た経営理念は、発展している企業経営者の常識であるのを知った。我が社の社是を「創造・奉仕・協力」とし、現在それは我が社の精神文化、企業の風土となっている。ちなみに、献血率が4割となったのもそれを表しており、世界に誇れる快挙だといえる。今でも、ドラッカーの言葉に遭わなかったら今日の私も我が社もあり得なかったと思っている。

次の名著は、オーストリアの精神心理医学者ヴィクトール・エミール・フランクルの書「夜と霧」である。彼はユダヤ人のためにドイツナチスに捉えられ、アウシュヴィッツ収容所に容れられ、妻はガス室で殺された。彼は収容所の中で人間の意外な事実を目撃した。

皆、ガス室に送られることに戦々恐々としている中で、死人の靴が上等と見るや取り替える者がいた。病人のパンを盗む者もいた。だが一方、年老いた囚人が若者の身代わりにガス室に入っていった。限られた自分のパンをそっと病人の枕元に置き作業に出ていく者もいた。また国歌を高らかに歌い、従容としてガス室に行く者もいた。彼はこのような崇高な行為は人間のどこから出ているのかを考えた。

フランクルは戦後になって、それは人間の超越的無意識から出ており、東洋でいう魂であると「夜と霧」に発表した。たちまち世界中で翻訳されてベストセラーとなり、日本でも多くの人に読み継がれている。私が戦場で死を決意できたのは、祖国を愛し家族を愛する、崇高な行為であることをフランクルは表明してくれている。嬉しくて誇らしく思えた。私は名作に心を洗われ導かれ、心の糧として歩んできたといえるだろう。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2021年3月)より』

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