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Lifting your dreams
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Vol.230 「稲盛和夫の人間学」

2021/06/01

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

人間学は「人間とは何か、人間はどうあるべきか」を探求する学問である。表題から外れるが、今回は私の人間学を述べてみたい。

人間の一生は「人間はどうあるべきか」の考えによって決まるといってもよい。私たちの行動は、心の赴くまま理性に従って行われているのが常である。こうした理性のみに従う行動をしている限り、自分の一生を望ましいものにすることはできない。なぜなら、理性は万能でなく本質的に欠陥を持っているからである。

私たちは、2、3歳頃から言葉を覚え、その言葉と言葉を繋ぎ合わせることで考えるようになる。その積み重ねが理性をつくり、心の大部分を占めている。したがって理性(心)は言葉によってつくられたもので、合理的にしか考えられない不完全性を持っている。

今日の文化も理性によってつくられたことから、社会も自然も人間も合理化していった。合理性は正しくて善いことだと多くの人が思っている。しかし、物事の本質はすべて合理的ではない。人間そのものが合理的にできていないし、私たちが求めている愛も、自由も、生き甲斐も、理性でつくるものではなく感じるものである。すべてを理性で捉え、合理化することは、社会や人間性を歪めてしまうことになる。

近代は物質文明であり「人類は理性によって物質的には素晴らしい豊かさを獲得したが、人間性そのものは全然進歩していない」といわれている。儒教も仏教もキリスト教も物質的な豊かさに対して否定的であり、「物欲を捨てろ」「足るを知れ」と説く。足るを知れば、文明は発達しないから物欲は必要なのである。神様や仏様には肉体がないから「物欲を捨てろ」といえる。しかし、人間に肉体がある限り物欲から離れることはできない。

肉体は人間が自ら獲得したものではなく、大宇宙、大自然の力によって与えられたものである。だから肉体の持つ物欲を否定することは、大自然、大宇宙の摂理に対する反逆であり謀反だということになる。といって物欲を手放しで肯定して良いわけではない。大切なのは、人間が物欲を持っていることの意味をしっかりと自覚することである。

さらに、これまでの理性中心の社会は、弱肉強食の原理が合理的で社会を進歩発展させるものだと捉えてきた。競争して強いものが弱いものを打ち負かしていく構造が、すべての進歩をもたらすという考えだった。しかし現在、地球上に存在するすべての生き物は弱肉強食の原理ではなく、互いに支え合い、助け合うような「共生」の関係で存在している。

私たちの生命が進化するのも、適者生存の原理以外にはあり得ない。適者生存とは、環境の変化に自分の生命をどう適応させていくかにある。他に勝つためではなく、自分の可能性を引き出すための競争が必要なのである。もし勝つことが目的なら、相手はすべて敵とみなされる。しかし、自分の成長を目的とする競争ならば、相手は必要不可欠の協力者となる。

大切なことは、環境の変化に対応しどう新しい自分のあり方を創造していくかである。このことに気付けば、我々にとって成長が競争の目的となる。勝っているように見える会社は自己創造を徹底的に進めているだけだ。

21世紀を境に人間の本質である感性を大事にして、理性を手段として使っていくことに価値観が転換している。大切なのは協力であり、創造である。共に生きていくことに力を発揮できる人間がこれから望まれる。

自分がどんなに正しいと思っても、完全ではないと考えることができれば、人間は謙虚になれる。理性で考えて正しいとどこまでも主張するのがいいのだという妄信が、対立や争いを生んでいる。理性能力は完全無欠ではなく、限界があり不完全なことを知らねばならない。

現実の社会は合理的なものだけではない。人間が最終的に求めるのは、愛であり、幸福であり、自由であり、生き甲斐である。これら人間にとって価値あるものは、すべて感じるもので、考えてつくれるものではない。

私たちに求められているのは、競争は勝つためでなく適者生存への創造である。欲望は小欲から大欲への追求であり、最大なるものは愛である。先哲が「心の主となれ、心を主とする勿れ」、命から湧いてくる魂(感性)が身体(肉体)と心(理性)を支配統御するといったのはこのことであろう。「大宇宙、大自然の力によって与えられた命を活かす、魂の声に応えて生きよ」が私の人間学である。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2021年4月)より』

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