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Vol.277 「功の成るは成るの日に成るに非ず」

2025/05/15

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

表題は、中国の宋代の人、蘇老泉の『管仲論』にある言葉である。人が成功するのはある日突然成功するわけではない。すべて平素の努力の集積によって成功するのだ、ということである。

さて、私の生涯に照らしてみて、功を成したといえるものがあるだろうか。振り返ると青年期には、おぼろげに将来の夢を二つ抱いていたように思う。一つは「自分が始めた仕事を日本一にしたい」ということ、もう一つは「自分自身を高めて徳ある人間に仕立て上げる」という、自分を弁えぬ願望であった。

まず、私の仕事だった我が社の近年の業績から見てみよう。戦後、多田野鉄工所から始めた零細企業を、現在約3000億円の売上を示す中堅企業にまでなし得ている。その内62.3%が海外売上であり、仕向地のトップは米国である。

この飛躍的な成果は、跡を継いだ息子「宏一」の努力によってつくられたものだと直感した。我が子を褒めるのはおもはゆいが、誰が何と言おうと胸を張って「よくやった!」と褒めてやりたい。

彼が社長に就任した時、突然「これからは『M&A』による海外戦略で業績を伸ばすしかない」と私に漏らしたのを憶えている。彼と、その後を受け継いでいる現社長は言葉通り、’03年以降、米国で3社、ドイツで3社を吸収合併し、英・仏を含む欧州・中東で15社を資本提携による合併をし、合計21社を傘下に収めた。この功績が ’24年度の業績拡大の素因になっているのは明らかである。

次に、自分自身を振り返ってみたい。過去の出来事であるが、世界一ではないかと思うことがある。それは80年余り前に始まった日米戦争中、南方の島で戦った両軍数十万人の将兵で今生き残っているのは私独りであろうことだ。

また、特筆したいのはこの語録である。平成3年、71歳になってパソコンを習い始め、エッセイを記したのがきっかけになっている。平成11年12月、第1号以来、今日まで26年余続いている。

なぜこれほど続いたのだろうか。振り返ってみると、意志が強かったわけではない。毎月、どのような内容にするかに頭を悩ませていた。それが、創造の喜びに変わっていったのである。頭にくすぶっていた情報や知識がエッセイに活用され、スッキリするので頭の体操になっている。

これまで自分に課した修養の課題は、すべて苦難を伴うものだった。例えば寒中水泳のように、エッセイと同様、何十年も続いたのは、苦難が大きいほど成長があり、喜びが大であることを知ったからだ。

残念ながら、私の生涯にはこれといった功を成したものはないが、懸命に自分の可能性を追求し続けてきたことに満足している。ゆえに、自分にも「よくやった!」と褒めてやりたい。やはり私は世界一の幸せ者だと思うとともに、こうした恵まれた運命をもたらしてくれた天恩に、感謝して止まない。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2025年3月)より』

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