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Lifting your dreams
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Vol.75 「賞」について

2003/03/03

今月の質問者:神岡 英和さん(市場開発部)~ちなみに今回有名になった、カミオカンデがある岐阜県神岡町とは縁も所縁もありません。

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「賞」とつくものは世にたくさんありますが、現在世界中で一番権威ある賞といえば「ノーベル賞」を思い浮かべます。昨年、日本より二人の方が受賞された事は記憶に新しいところです。特に今回は一企業の全く無名の研究者が選ばれた事もあり強く印象に残るものでした。

また、少し意味合いは違うかも知れませんが、オリンピックのメダルも賞のひとつといえるのではないかと思います。

いずれにしても、これら受賞された方々の話しを聞く度に感動しその努力を改めて知る事となり感銘を受けます。

今回はこれら「賞」に関するお話しを、賞には全く無縁の私がお伺いしたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。


リタイアで暇が出来ると思ったら、やりたいことで満杯だ(時間売るなら買いたいなぁ)。

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「賞」というのは、人やグループの行為や業績が非常に優れていて、それが社会的に評価され、認知された証拠として与えられるものだといえるだろう。

賞の獲得を目指して努力することは、大きな動機付けや励みとなるから、大いに利用すべきかと思うが、私は単に賞を得ることだけに突き進むことには賛成できない。なぜならば、賞はあくまでも結果であって、どれだけ努力したかを問うていない。つまり、たまたま自分より他が少し劣っていたのか、また、いわゆる運がよかったのかもしれないからである。

私はこの年になるまで数知れず賞を頂いたが、二つしか記憶に残っていない。一つは小学校卒業式に成績優秀だというので総代として賞を貰ったのだが、大阪の競争率八倍の受験校の中に放り込まれたとき、自分は田舎ではトップかもしれないが有頂天になるなと自省したことを覚えている。

今一つは、十年ほど前、図らずも叙勲の知らせを受けた時。民間人としては分に過ぎた高位のものだったが、正直なところそれほど嬉しく感じなかった。なぜだろうかと考えてみると、その功績は私だけの力によるものではなく、実は私を支えてくれた部下や関係する多くの方々の協力によるものだと思ったからである。

勲章といえば、私がこれまでに一番感激し、涙ぐむほど嬉しかったものは、戦後間もなく頂いた、兵士に下さる最下位の勲章であった。かつての大戦に南東太平洋の島々で、この戦いに自分の命を捧げても悔いはないと思って、死ぬ覚悟で闘ったことの紛れもない証だからである。私があの世に出かけるときには、忘れずに身につけていこうと思っている。

あなたは賞に無縁だといわれるが、無縁でいいのだ。小柴さんも、田中さんもノーベル賞など眼中になく、ひたすら自らの研究に我を忘れて努力してきたことが、結果として世界的に評価されたのではないか。かつて日本女子マラソンをリードした有森裕子選手は、ゴールした後に「自分に、よくやったと誉めてやりました」と洩らしているが、これこそホントの賞ではないかと思う。たとえ金メダルでなくとも、自分の行為を、そして努力を、誉めてやれるぐらい素晴らしい賞はないのではないか。自分の努力の大きさは、自分が一番よく知っているからである。他人の賞を羨んだり、賞には縁が遠いなどと卑下する必要は少しもない。

人間は誰でも生まれながらに、無限の可能性と向上心を持って生まれている。だからどんな人間にでもなれる自由を与えられている。私たちの努力、修養如何によってはどんなにでも、自己を変えることができる。たとえ、頭が悪いとか、鈍物であっても少しも気にすることはない。歴史を調べても、秀才や英才でなければ大成しなかったということは決してない。むしろ、あまり出来のよくなかった少年や青年が、非常に大を成した人物は枚挙に遑がないのである。

ナポレオンは、八人の兄弟の中で一番できが悪かった。受持ち教師も彼の頭の悪いのを、この子の頭の中に何か腫れ物でも出来ているのではないかと言ったという。万有引力を発見したニュートンは、いつもビリから二番であったが、ある時友人から馬鹿にされ、それから発奮したという。

他人が評価する秀才だ、鈍才だというのも、意に介する必要はない。一に発奮と、努力如何にその成否がかかっているからだ。むしろ鈍才はしばしば、大成する為の好資質であるといえる。鈍才はごまかしがない。ゆっくり時間をかけて一つのことに熱中することが出来るなど、大成するに相応しい素質を備えている。

要するに賞は、私たちの一つの努力目標として利用するのはよいが、目的にしてはならない。それよりも、自分で自分に相応しい目標を作り、その目標達成の為に自らを鞭打ってそれを達成した時、自分を誉めてやれる賞が一番値打ちのある嬉しい賞ではないか。つまり、自分を誉めてやれるような人間に作り変えていくことだ。そして賞は、他人に勝った証でなく、己に克ったことの証であって欲しい。

航海日誌