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Vol.226 「苦難に勝る教師なし」

2021/02/01

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

この課題は、苦難こそが人間の成長進歩をもたらす、最良の教師だという意味である。昔から「艱難汝を玉にす」「若い時の苦労は買うてもせよ」「可愛い子には旅させよ」などといわれる。オーストリアの動物行動学者、コンラート・ツァハリアス・ローレンツは「幼いときに苦難に遭わなかったのは不幸せである」、デンマークの哲学者、セーレン・オービエ・キェルケゴールは「飼い馴らされた野鴨になるな」と述べている。ライオンは生まれた仔を谷底に突き落とし、這い上がってきたものしか育てないという。百獣の王たるゆえんである。

かつて私が遭遇した苦難は、徴兵適齢期1年前、海軍へ志願したことに始まる。戦前、男子には兵役の義務が、陸軍は2年、海軍は3年あったが、1年で済む航空機整備員養成の制度が海軍につくられた。苦難が予想されている兵役の義務がわずか1年で済むことに魅かれて、早く済ませて実業で力を発揮したいと考えて志願した。昭和14年10月、横須賀航空隊に入隊となった。

案の定、伝統の殴って鍛える訓練は予想を超えた理不尽な別世界だった。通常、3年かける訓練を1年で済ますのだから当然である。毎日のように「気合が入っていない、たるんどる」といって、鉄拳の制裁が日常茶飯事になっていた。親にも叩かれたことがない私には脅威の毎日であった。こうした屈辱的な体験は軍隊経験者なら皆持っているが、思い出したくないので話さないだけである。

海軍における厳しい訓練の1年間は、私を見違える程の逞しい若者に変えてくれた。不撓不屈の精神と頑健な身体は、苦難のもたらした結実であると誇らしく思った。この「苦難を通して得る」の境地は、私の一生をつくる原動力になった。私は、苦難の考えが一変し、行動も変わっていった。

続いて日米戦争が勃発し、戦争に従事する一員に加えられたが、ここでもあえあて苦難の道を選んでいた。上司に南方の最前線の部隊に転属を申し出た。当時、戦地を希望する者が誰もいない中、あえてかってでた。昭和18年7月、最前線の激戦地ラバウルに赴任した。戦場は死闘の毎日であった。

大きな苦難に再び襲われた。19年1月、戦線縮小のため我が部隊はサイパンに移動することになった。2隻の貨物船でラバウルを出港した2日目、私が乗った船に魚雷が的中した。轟音と共に私は甲板に叩きつけられた。どこも傷がないのを瞬時に確かめ、2発目の魚雷と船が沈むときの渦を予測し、舷側から海に飛び込んだ。太平洋の山のようなうねりの海にひとり浮いていたが、少しも悔いはなかった。行くも死、留まるも死だった。

体力を消耗せぬよう海に浮かびながら、これからどうなるかが頭の中を駆け巡った。いくら体力を温存していても、半日もすれば力尽きて溺死するのは間違いない。そのような死でも戦死と言えるだろうか、などと考えを巡らせていた。ラバウルでは弾に当たって一発で死ねるが、海に漂う身は、いつ最後が来るかをじっと待つ苦しみを味わうことになった。それがいかに苦しくても選んだ道である、運を天に任せようと腹に決めた。途端に死の恐怖は消えた。ふと見ると、いつの間に来たのか、味方の駆逐艦がカッターを降ろしている。溺死の心配が消え、勇んでカッターに向かって泳いでいった。「捨てなければ得られない」のはこのことだった。

3年の間に5か所の戦場を駆け巡り、数知れぬほど死ぬ目に遇ったが生きていた。生かされていたのである。死の苦しみを舐めたからこそ、生きていることの素晴らしさを知ることができた。以来、自分の身に起こる出来事は、たとえ嫌なことでもすべて必要だから与えられたのだと受け取れるようになっていた。このような心境を得て生還できた私は、何という果報者かと心から感謝せずにはいられなかった。南の果てで果敢に散った戦友のためにも、生かされた命を無駄にしないと誓った。

この苦しみや悲しみを経験したことが、戦後の生き方にも影響した。安易に流れるのを畏れ、常に困難な課題を自分に課した。しかし、それらはすべて喜びに変わり、苦難が大きいほど喜びが大きかった。なぜなら、苦しみが自らの成長進歩をもたらすのを自覚できたこと、さらに、苦難を乗り越えることが自分を統御・支配できる自信となったからである。身をもって「苦難が自分の人生をつくる」真髄を実感している。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2020年12月)より』

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