クッキー(Cookie)の使用について

本サイト(www.tadano.co.jp)は、快適にご利用いただくためにクッキー(Cookie)を使用しております。
Cookieの使用に同意いただける場合は「同意する」ボタンを押してください。
なお本サイトのCookie使用については、Webサイトにおける個人情報の取り扱いについてをご覧ください。

検索

Vol.242 「山上、山また山」

2022/06/01

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

今月のテーマ「山上、山また山」とは、何を意味しているのだろうか。頭に浮かんだのは、徳川家康が残した「人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくが如し、急ぐべからず」の名言である。私たちの一生も、越えねばならない山に幾度も遭遇する。苦難や障壁となる山こそ人の進歩成長には欠かせないものだ、という意味ではないか。

 私たちは、思いもよらぬ不幸な出来事や苦難に遭えば「どうして私だけが」と運命を呪うだろう。だが、病気・怪我・失敗などの不運を嘆くよりも、平然と受け容れ、冷静に対処した方がどれだけ賢明かしれない。オーストリアの動物学者コンラート・ローレンツは「幼いときに苦難に遭わなかったのは不幸せである」と述べている。日本のことわざにも「若い時の苦労は買ってでもせよ」がある。

普通、運命は決まりきった、生涯動かすことのできないもののように考えがちである。しかし、運命をどう受け止めるか、その態度と処し方によってどのようにも変えられる。運命は天の配剤であるとともに、人間がつくっていくものである。イタリアの政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリは「運命は我々の行為を半分支配し、他の半分は我々自身に委ねる」と述べている。つまり、運命はどうにもならないものではなく、私たちの自らが限りなく変化させ、創造し得るものと考えている。

もし運命が宿命のように変えられないものならば、私たちは運命に操られるロボットと少しも違わないことになる。そこには自由もなく、主体性も創造性も必要ない。しかし、私たちの絶えざる学びと実践によって、日々新しくする創造の生活をするならば、運命がどのように変化していくかは計り知れない。

運命はその素材を与えるだけで、それを私たちの責任においてプラスにもマイナスにもできる。運命より強いのは人間の精神である。オーストリアの精神心理学者ヴィクトール・エミール・フランクルは、アウシュヴィッツの収容所の体験を通して「人間はいかなる過酷な拘束を受けようとも、精神の自由は少しも損じない。囚人の内で、希望を持ち続けた者のみが多く生き残った」と語っている。何かが起こったときの私たちの対応の仕方で、全く違ったものになる。いいことばかり起きる人生などどこにも存在しないという運命の全てを受け容れるのである。

それは無力なための諦めでも、戦いの放棄でもない。苦しくとも運命を受け容れ、自分にとって必要だったことのように従うのである。フランスの哲学者アンリ=ルイ・ベルクソンは「人間というものは、自分の運命は自分で作っていけるものだということをなかなか悟らないものである」と述べている。哲学者西田幾多郎も、「人間は環境によって変えられるが、また環境は人間がつくっていくものだ」と断言している。私はかつて南の戦場で、逃れられない死の運命を進んで受け容れた瞬間、全てから解放された自由と計り知れない大きな精神的支柱を得られた。

運命に叩かれ鍛えられ、苦しむことがなかったら、私の人生は形成できなかったのは確かである。青年期に過ごした戦場で、必死が予測された運命を何度も受け容れ、その都度不思議にも生きていた。神は私がまだ役に立つ、今捨てるのは勿体ないと生かしてくれたに違いない。こうして得た生死一如の体験によって、運命をどう受け容れればよいかを身につけることができた。当然、戦後その恩に報いるのが私の生きる目的になっている。

あの辛い惨めな思いは二度と味わいたくないが、運命とはそういう選択不可能な出来事である。好ましくない運命、避けたいと思う運命ほど貴重な教訓を含んでおり、反対に好ましい運命には、得るよりも失うものが多いことを知った。たとえ不運であっても、我が身に起こるすべての出来事には必ず貴重な意味が含まれている。自分に必要だから与えられたのだと受け取れれば、人間として大きく成長できるのではないか。

私は、運命には無意味なもの、無価値なものは何一つないと確信している。挫折も失敗も病気も、プラスにしようと思えばできる。それにはいかに過酷な理不尽な運命に遭っても、自分が学ぶ種は必ず見つかると考えることである。人生における苦難こそ、私たちの進歩成長を願う大自然の配慮であり、神の贈り物と受け止めたい。101歳を迎えた今、「山上、山また山」を歩み続け、命を使い切りたい。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2022年4月)より』

航海日誌