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Lifting your dreams
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Vol.101 「書くこと」とは何か

2005/10/10

多田野弘85歳を迎えたこの日を「航海日誌」再開の日といたしました。
数ヶ月の掲載お休みの間で一番驚いたのは、今まで気付かなかった声(反響)をそれまで以上に聞いたことです。「元気でおるんな」「がんばって」といったあたたかい応援の言葉まで頂戴し、感謝の気持ちをあらたにいたしました。
末永く「航海日誌」を書き続けていきたいと考えております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


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十年前、好奇心から始めたパソコンで、社員にすすめられてホームページに書きつづけてきたのが「航海日誌」だった。何心なく取り組んだことが8年間も続けられたのは、多くの人の支えと励ましがあったからである。

振り返ってみると、今さらながら「書くこと」の恐ろしさを身にしみて感じる。言葉を交わすことのできぬ見知らぬ人達からの反響の多さに驚くとともに、身の縮む思いがしている。

「書く」ということは、文字を使って自分の考えや思いをどう表現するかである。だから、読む人からみると、それを書いた人の物の見方や考え方がそれとなく分かる。書いた人の生地が剥き出しになってしまうのだ。書くことによって、その人の無知さ愚かさをさらけ出すようなものだといえる。難解な言葉や美辞麗句をいくら書き連ねても、読む人の目を誤魔化すことはできない。

また、自分では思いを強くして書いたものでも、違う意味で伝わってしまう場合もある。伝えたいのにうまく伝わらないもどかしさは、どんな場合にもつきまとうといえる。「書く」ことは日常的かつ自発的な行為であるが、そういう厳しさとの戦いが常にあるとあらためて感じている。

特にホームページでは、言葉を交わすことのできない不特定多数の人に読まれるのだから、第一に分かりやすい内容で、しかもできる限り短い文章でまとめることを心がけてきた。しかし、どんなにうまく表現しようとしても、そう思えば思うほど下手な文章になることも事実である。どうやったら分かりやすい文章が書けるのだろうかと、私と同じ悩みを持つ人も多いに違いない。

一つに、良い文章にはテクニックも必要だが、むしろ事実を素直に表現することの方が大事ではないか。

二つに、分かりやすい文章とは、「筋道」がはっきりしていることと、「要点」が絞られていることである。そのためには、書く前には常に頭の整理ができていること、つまり価値観が確立されていて、物事の重要度、優先度がはっきりしていることである。仕事や勉強が「できる人」は、みな文章がうまい。良い文章が書ける人は、「できる人」といって間違いない。「できる人」は物事の処理能力も優れているからだ。

また、良い文章は論理的でなければならないと述べたが、業務用を除けば、心情的であることがもっと大事なことである。人は論理だけでは納得しない、心に響くものであってこそ始めて腹に入り、腑に落ちるといえる。

心に響く何ものかを文章に表すことは至難の業だが、書く人の思いを込めた文章は、たとえ表現が下手であっても、おのずと読む人の心の琴線に触れずにはおかないのは確かである。先日、再度訪れた鹿児島の知覧でみた特攻に出撃する前に若い兵士が書いた遺書は、表現は稚拙だったが心情が溢れていて、またも涙なしには読めなかった。

書くことは、自由に自分の意志を表現できるからとても創造的であるが、その表現には必ず責任が伴う。同時にそれが新しい自分を作ることにつながっている。何度書いても完璧に良く書けたと思ったことはないが、書くことを通じて人間的に成長していけるという喜びが、私の書くことへの原動力となっている。

書くことについて偉そうなことを述べたが、すべて私自身への指針としsてきたことである。つまり、書くことと文章を作ることは究極、人間を創ることにある。

航海日誌