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Lifting your dreams
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Vol.118 地球温暖化阻止

2008/09/01

今年の夏は、今までの人生の中で一番暑かったような気がします。
気温の上昇は、地球温暖化の影響と言われていますが、それを阻止するために、個人的に取り組まれていることはありますか?
また、そのような取り組みを楽しく続けるには、どうしたら良いでしょう?
自宅の電気をこまめにきる、スーパーにマイバック持参位なら続けられますが、真夏日でもクーラー28℃、マイカーから電車通勤ともなると、続けられそうにもありません。
これは、やはり人間の傲慢でしょうか?
質問者:㈱タダノ航海日誌 愛読社員

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今回のテ―マは、環境汚染や省エネ対策と共に、私たちにとって大きな社会問題となっている。それに対して明快に答えられないのは許していただくとして、私が温暖化阻止に貢献していることは何かと言えば、面目ないがク―ルビズに代表されるノ―ネクタイしかない(ほんとは快いからだ)。近年、地球温暖化と共に、節電や資源保護がやかましく言われているが、こうした要請は言い換えると、私たちにこれまでよりも不自由な環境を強いられることを意味している。

ところが、皮肉なことには私たちはこれまで、不自由さを凌ぐため、様々な工夫を凝らし、車や電気製品などの文明の利器を考案し、その恩恵にあずかってきた。それは同時に、住みよい環境つくりを目指してきたはずが裏目に出て、地球温暖化の問題や資源の枯渇を招来して、結果的に住みにくい環境を作り出したことになっている。

だからといって、百年前の生活環境に戻るのは不可能に近いのだが、考えて見ると昔の人たちは偉かった。ク―ラ―も扇風機もなかったが、夏は団扇や盥の行水で結構楽しんでいたし、寒さの冬は、火鉢か炬燵で暖を取っていたが、誰も不自由だとは思っていなかった。だから特に温暖化対策の必要もなかったのである。

しかし、温暖化対策はどう考えても、私たちに不自由を強いることになると思うが、不自由というのは誰もが嫌がることである。その嫌な不自由を私たちが容認しない限り温暖化対策の成功は覚束ない。ならば、誰もが不自由を快く受け容れるようになるにはどうすればよいのだろうか。不自由は嫌で、自由が好ましいと誰もが思っているが、実は、自由と不自由との間には限界がないのだ。ある人が不自由だと思っていても、もっと不自由な人から見ると羨ましいくらい自由に思える。同様に、苦しいと思っていることも、もっと酷い苦しみを味わってる人からは、なんと楽をしているのかと思える。

不自由を常と思えば何ともない。苦があるから楽があるのだ。病気したからこそ、健康の有り難さが身にしみてわかる。だから病気もありがたいのだ。人生に死があるからこそ、いま生きていることが貴重に思えてくる。人生には苦しいから楽しいことだってある。困難だからこそ、やり甲斐があるのだ。だから、「不自由」ということは嫌うことではなくて、むしろ歓迎すべきこと、必要なことなんだ。忍耐力を養う絶好の機会となるその例は私の趣味であるヨットにもある。

ヨットと言えば、真っ白の帆に風を受け、海の上をを滑るように行く爽快な場面を思い浮かべるだろうが、それは隠れた多くの不自由さの上にある。一旦海へ乗り出すと、たとえどんなに風波が強くなろうと、自力で港に辿り着かねばならない。しかも、キャビン内は狭くて窮屈で、プライバシ-はトイレ以外にない。夏は蒸し風呂のような中で蚊の歓迎に遭うこともある、真水の使用は極度に制限されるが、積み込んだ限られた食材で作った食事は不思議に美味しい。

長期のクル-ジングはハプニングの連続となり、刻々変わる大自然の息吹に触れ、風や波を友として母港に帰りついた時の安堵感、達成感は、その時の航海が困難であるほど大きい。あの風雨を乗り切るときの緊張感は二度と味わいたくないが、それを忘れたかのようにまた海に出たくなるのは、困苦が即快楽を知っているからだろうか。

昔、私が体験した海軍で一年間の基礎教育も、自由とプライバシ-がどこにもない共同生活を通じての猛訓練の連続だった。一挙手一投足が規制され、分刻みの訓練計画に従事すること以外、全ての命令に絶対服従であった。自分自身に戻れる自由時間は就寝時ぐらいしかない、不自由なんてものを通り越した修験者に近いものだった。その厳しい訓練を受けられたお蔭で、今の私が在るのは間違いないのである。

私たちが不自由に耐えるとき、必ず苦痛を伴い困難を覚えるが、その不自由が私たちを成長進歩させてくれる。必要なのは傲慢でなく、北京マラソン金のワンジル君が言った「我慢」なのだ。もし不自由が成長に不可欠なものと知ったなら、どんな環境の変化にも対処できる真の自由が得られるのではないか。不自由を我がものにしたとき、自由自在の境地が現出するとなれば、温暖化阻止対策は社会的貢献としてやり甲斐があるどころか、我がためにも利用しないのは大きな損失である。

航海日誌