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Lifting your dreams
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Vol.121 気づき

2009/05/11

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人は誰でも向上心を持って生まれている。自分を少しでも良くしたいと望んでいるのは、人間がもともと創造性を備えた生きものであることを示している。創造性というのは、芸術家や才能に優れた人たちだけのものではなく、全ての人間にはその才能が備わっている。私たちは自分の仕事をする中で、知らず知らずにさまざまな創意工夫をして、絶えずより良い仕事の仕方や進め方を考え続けている。主婦の方たちも、傍から見ると毎日同じことを繰り返しているように見えるが、実は無意識のうちに小さな創造をしている。食事一つとっても、少しでも美味しく廉価で、しかも美しくなるように工夫がなされている。

創意工夫というのは、私たちが良い方法を得ようとして考えをめぐらし、新しい考えを思いつくことである。「思いつく」とは、つまり「気づく」ことである。その創造的な「気づき」や「直感的な判断」の大きなものを、私たちはインスピレ-ションとか、ひらめき、啓示、などと言う。日常の小さな創意工夫も偉大な発見も、ともに意識したものではなく、考えも及ばないことなのに、ふっと浮かんでくるとか、ハッと気がつくことである。こうした「気づき」や「新しい発見」はどうして生まれるのだろうか。意識していないとは、ボ-ッとしていることではない。自我心が消え失せ、計らいを捨てて、謙虚な気持ちになったとき、潜在意識が働いて「気づく」のではないだろうか。

「わかる」と「気づく」とは全く違う認識のあり方である。「わかる」とは、論理的に考えて意味を知ることだが、「気づく」のは、論理的に考えられない内容を感知することである。「わかる」とは理性による判断であって、「気づく」のは感性の働きによるものと思われる。「気づき」の前兆として考えられる感性の働きには、「何かがある」という「気配」を感じるとか、「予感」がする、「虫の知らせ」「霊感」があったなど、論理的には説明できない「何か」を心がキャッチすることがある。これも潜在意識の領域ではないかと思う。

進化論を提唱したチャ-ルズ・ダ-ウィンは、大学卒業後働く場がなくて、ビ-グル号に乗って世界中の旅に出た。途中、ガラパゴス諸島に立ち寄ったとき、今まで見たことがない不思議な生き物に出会った。それが進化論の「気づく」原点になっている。万有引力を発見したニュ-トンも、林檎の木から落ちる実を見た瞬間、引力の存在を発見している。いずれも無意識のうちにハッと気がついて新しい発想が生まれたのではないだろうか。全く同じ状況に出くわしていても、それに「気づく」人と気づかない人がいる。林檎の実が落ちるのは沢山の人が見ているが、「引力」に気づいたのは、世界中でニュートンだけであった。

では、潜在意識からどのようにして創造性が湧いてくるのだろうか。世間では、勉強がよくできることと創造的な才能とは別だと思っているが、創造性はゼロからは生まれない。必ず基になる知識や体験が母体となっている。私たちは一生の間に多くの知識と、さまざまな体験を通して学んでいるが、全て自動的に潜在意識へインプットされている。私たちが努力の限りを尽くして考えた末、刀折れ矢尽き、自分の無力さを思い知るとき、お手上げしてバンザイしそうになるその瞬間に、新発見の機会が訪れる。そのとき、自我心が消えて謙虚さが生まれ、従来の自分の物差しや計らいを捨てることによって、新しい考えが自然に浮かび上がってくる。それが潜在意識の働きではないだろうか。

潜在意識は人生を変えるほどの働きをする。自分をもっと良くしようと思えば、自分を変えていかねばならない。しかし自分を変えていくには「気づき」によるしかない。自分の至らなさ、無力さ、傲慢さに「気づく」ことによってのみ可能となるのだが、これが至難の業である。そうした「気づき」の多くは感動がもたらしてくれる。本当に感動を味わったとき、「とても言葉に言い尽くせない」というのは、感動が潜在意識の働きであることを示している。意識はころころ変わるが、潜在意識は四六時中働いていて私たちの眼を開かしてくれる。「目から鱗が落ちた」とは、そのことを表している。普通「人が変わった」というのは、「気づき」がその人が持つ価値観や人生観を変え、言動がすっかり変わったことをいう。

感動は一瞬にして人生を変えるというが、それは感動からの「気づき」が人間を変えさせるのである。だから、「気づき」のない人生は自分を変えることができない、進歩のない人生といえる。あくなき探究心による未知のものとの出会い、不確実性へのチャレンジやリスクへの挑戦によって、素晴らしい感動や「気づき」が生まれるのではないだろうか。それが新しい価値を創造し、私たちの人生を創造する。我が社の社是である「創造」には、このような深い意味と願いが籠められている。「創造」は、新しいモノも創るが、人生を創り、人をも創ると言える。

航海日誌