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Vol.166 先哲遺訓

2016/01/05

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

この齢になるまでに多くの先哲の遺訓に触れてきた。なかでも、私の生涯に最も大きな影響を与えたのはこの二人、ピーター・F・ドラッカーと西田天香さんである。

私が感化を受けたドラッカーの遺訓は、企業経営に対する哲学であった。「企業の経営の目的は社会に貢献することである。利益はその貢献度を示す尺度に過ぎない。」という言葉に、企業理念を模索していた私は震えるような感動を覚えた。当時43歳の私は、僅かな従業員ともども満足に食べられるに相応しい利益が唯一の目的だったからである。ドラッカ―の言葉に触れ、なんと身勝手な浅ましい考えであるかを思い知らされた。

利益というのは、貢献度に応じて社会から与えられるものであって、経営の目的が利益追求であってはならない、とある。なぜ利益追求がダメなのか。もし利益追求を目的とするならば、その企業に関わる人達である顧客はもとより、従業員・取引先の凡てが、企業の利益追求のための手段にされてしまうからである。私はこのドラッカーの思想哲学、社会貢献を目的に経営するなら、繁栄は間違いないとの確信を得た。

私の人生の目的も同様に、社会に貢献奉仕であるのはいうまでもない。その原点は、南方の戦場で生き残ったときにある。多くの戦友を失ったのに、戦後自分が生きていることが不思議に思えた。やがて自分のいのちは、新しく神から与えられたものであると考えることで合点を得た。ならば、このいのちを生かさないでは相すまないという思いが、ドラッカーの遺訓に触れ、腹の中にストンと落ちて確信となった。しかも、人生と経営の目的が同じであることへの気づきは大きな自信となった。

もう一人の先哲、一灯園の創始者・西田天香さんは、懺悔・奉仕を生活の基本とされ、座禅と作務と托鉢に生涯を貫いた哲人である。その境涯を慕って入門した人に、生長の家の創始者・谷口雅春、ベストセラー作家の倉田百三がいた。私は当時92歳の天香さんから、「無一物中・無尽蔵」自分がゼロになれば凡てが自分だと教えられたが、その深い意味が理解できなかった。

一灯園の3泊4日の研修の中に便所掃除の一日が含まれていた。その修行の中に、「無一物中・無尽蔵」の境涯が秘められていると教えられていた。街中に出て行き、一軒一軒訪問して、「私の修行のためにお宅の便所を掃除させて下さい」と頼むのである。何軒訪ねても断られた揚句やっと許され、便器に手を突っ込んだ途端、突然涙が込み上げてきて、止めようがなかった。鬱屈した心が洗い流される思いの中に、自分がゼロになっている姿が、まさにこの境涯ではないかと嬉しくなった。

天香さんが、いかに凄いことを言わんとしていたかが分かってきた。自分をゼロにし、自分を捨てろというのは、己が持つ自我心を捨てることを意味しているのである。何事も自分を勘定に入れずに他に尽くせ、報いを求めずに与える、献身・奉仕の心を持つことである。仏教ではこれを「空」と言い、いくら取っても、いくら与えても尽きない、「無一物中・無尽蔵」の世界である。凡てが自分であるとは、見た目は普通の人と変わらないが、いつも人のために働いて止まない人、愛と無我の大慈悲心を持つ人のことである。

思い起こせば72年前、敗色が濃くなっていたラバウルの戦場で、私の死はそう遠いことではないという思いを強くしていた。ならば、毎日の戦闘で生命の恐怖に脅えながら過ごすより、潔くこの世とお別れしようと覚悟した。途端に、もう怖いものが何もなくなり、進んで弾の中に飛び込んでいけるようになった。そして何度も、これが最後かといのちを投げ出したが、その都度生き残ってきた。というより生かされてきた。このような体験を重ねた私は、自分のいのちを捨てる稽古と、自分がゼロになる練習を積んだベテランである。そしてこの果てしなく自由で開放された境涯は、無尽蔵の世界を垣間見たと言えるだろう。

この自分がゼロになり、限りなく無私になった、自由で開放された境涯は、私をして、いつ死を迎えてもよい、又いつまで生きてもよい心境を齎してくれた。この生きてよし、死んでよしの心境は、私だけの独占物ではない。90歳を過ぎれば誰でも、この心境に到達するように人間は作られているのではないだろうか。

かくして、二人の先哲の遺訓に巡り合えたのは僥倖であり、私の迷妄を開いてくれ、生涯を確固たるものにしてくれたことに感謝して余りある。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2015年10月)より』

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