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Vol.170 一生一事一貫

2016/05/09

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

一生一事一貫とは、私たちの一生を通して、一番大切なことを貫き通せと云うことだろう。 言いかえると、自分の一生を費やしても悔いないものを持っているか、何のために生きるのか、 あなたの人生の目的は何なのかを問われている。それ如何によって志操(しそう)が培われ、信条が生まれ、 人生観が形成されて人生を貫き通す力がつくりあげられる。

私たちは、自分の人生を決定づける問題でありながら、 これらを真剣に考えることは稀である。なぜならそれは、自ら探究し続けた末に始めて、 体得し発見し得るものであり一方、そんな面倒なことを考えなくても、ケ・セラ・セラ、で生きていけるからだ。

しかしながら、生きていることの意味を知らないままにいては、 心の空しさに耐えられないように人間はつくられている。その空虚さを埋めるために、 目先の娯楽や酒、ギャンブルに走り、自分で自分を糊塗(こと)しているのに気付いてはいない。

さて、能書きは何とでも云えるが、私の人生を貫いた指針というのは何だったのか、 又それがどうして作られたかを振り返ってみたい。それはやはり、3年余の戦場の 体験によってつくられたと思う。何度も死ぬ目に遭いながらも、 生き残り、生かされてきた私は、今あるこのいのちを無駄にしては相すまないという思いを強くした。 この「生かされている」という私の思いは、理知的に考えたものではなく、瞬間に閃いた天の啓示のようだった。 だから言葉に顕すすべがなく、ただ、強くそう感じたとしか言いようがない。 最近になってそれが、魂から発した感性の働きであることを悟った。

「美しい」という感じを言葉で表せないように、「生かされている」という感じも同様に、 研ぎ澄まされた感性によってしか知り得ない。しかもそれは、 人間の全人格を一挙に変えてしまう大きな力を持っている。 その「生かされている」という思いが、私の人生観の核となっている。

戦後の焼け跡に、小さな企業を立ち上げたとき、企業の目的が「社会に貢献することであり、 利益は貢献度に応じて与えられる」という経営の原則がストンと腹に入ったのは、 「生かされている」という私の人生観とピタリ一致していたからだと確信している。

企業を立ち上げて以来、規模拡大に備えてより社員との意志疎通を図るため、 毎月、私の経営に対する考えを社内報に発表してきた。献血率が4割ほどになったのも、 私の説いた奉仕の精神が浸透した結果かと思う。

またその間私は、心身を鍛えるために、早朝5時起床、2キロのジョギング、終わって冷水浴 (後に庭のプールでの泳ぎ)を習慣とした。海軍で規則正しい生活に慣れていたこともあって、 93歳まで続いた。同時にはじめた正月元日に海で泳ぐことも、45年ほど続いた。 いま96歳を迎えるにあたって、我ながらよくぞ続いたと、自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいである。 さらにまた、木鶏クラブでは毎月エッセーを述べて25年、約300回に及んでいる。 しかしどうしてこのような苦行としか思えないことが続けられたのだろうか。それを一言で云えば、「苦が快」になったからだ。

「生きることは苦である」とよく言うが、その通りで間違いない。 だが、その苦をどう受け取るかによって、生涯の帰趨(きすう)が決まると云っても過言ではない。 誰もが苦をなくしたいと思っている。もし苦がなくなれば、それはもう生きているのではない、 仏になっているのだ。死者を仏(ほとけ)というではないか。苦は生きている証であると同時に、 苦があるからこそ発奮の動機となり、人間的成長を促してくれるのである。ゆえに苦は私たちとって、 当たり前というより、なくてはならないものである。

苦は成長を促し、成長は快を覚え、快は成長を促す元の苦を求めるという循環が形成され、 その動きは留まることがない。苦が単なる苦しみでなく、快に変えることができるから続くのであって、 苦行と思えるものが同時に、歓喜の連続となるのである。

私の青年期に持った「生かされている」という人生観が、その後の時代の趨勢(すうせい)と変化の中でも、 私の行動の指針となって自分を律すると同時に、多くの困難を乗り越えることの原点となったのである。 これらを称して、一生一事一貫と言えるのではないだろうか。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2016年2月)より』

航海日誌