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Lifting your dreams
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Vol.173 「視座」を高める

2016/08/01

いくら歳をとっても、やれるもんだよ。(多田野 弘)

「視座を高める」とはどういうことだろうか。それは私たちが、大事な事柄を考えるときには、 必ずもう一度視点をかえて、大所高所から眺めてみよということである。なぜなら、私たちが通常、 物事を決めるためには、自分が調べた範囲や、持てる知識・経験に照らし合わせて決める場合が多い。 ところが、一旦視点を変えて見直してみると、全く見当違いであったり、思わぬ新しい発見があるからだ。

物事の見方、考え方というのは、立場が変わると全く違って見えたりすることが私にもよくある。 それについてふと思い出したのは、かつて、宇宙船から地球を見た飛行士が洩らした感動の言葉である。 ジャーナリスト立花隆氏が、帰還後の宇宙飛行士のインタービュー記事を次のように載せている。

「宇宙飛行士たちの宇宙における認識体験を繰り返し聞いているうちに、私は、宇宙飛行士とは、 『神の眼』を持った人間なのだということに思い当った。これに関して最も有名なのがジム・アーウィン(アポロ15号)の例である。

彼は、宇宙飛行前は人並みの教会に行くだけの人であった。とりわけ信仰心が強いわけではなかったという。 ところが宇宙から帰ってみると、宇宙で、とりわけ月面上で、神の臨在を感じたとして、NASAを辞めて、 教会の伝道師になってしまったのである。宗教財団を作り、世界中を駆け巡って説教行脚を続ける毎日である。

彼は、1971年7月アポロ15号で、アペニン山脈のふもとの谷、ハドレイ・リルに着陸、三日間にわたって、 17マイルにも及ぶ地域を探検。175ポンドの資料を持ち帰った。その中で一番有名なものは、"ジェネシス・ロック" (創世記の岩)と呼ばれる白色結晶質の灰長石のサンプルである。この灰長石が創世記の岩と呼ばれる所以は、 分析の結果、46億年前のものであることが判明したことにある。彼は、自分がその石を発見したのは、 神の導きであったと思っている。彼はそれを発見した時のことをこう語る。

『それは月面に着いて三日目だった。月面探査車で山岳部に向かった。その山のスロープにある巨大なクレーターの一つに車を止めた。 そのあたりは目的とする岩石採集にピタリの場所であることがすぐに分かった。白色や薄緑色、茶色などの岩石がそこらじゅうにあった。 しかし、その中で、この石はどの石とも違っていた。これほど目立つ石は他になかった。まるで"私はここにいます。さあ取って下さい" とその石が我々に語りかけているように見えた。太陽の光を受けて、手の中でキラキラ輝き、何とも言えず美しかった。 そして、これが地質学者たちが求めていた石であることがすぐわかった。』

彼は宇宙で、月で、神がすぐそこに臨在している事を実感して回心し、月から帰ると、自分の人生を神に捧げることを誓ったのである。 彼はこの体験を、はじめごく身近な人を除いては、ほとんど人に語らなかった。その評判を聞いて、他の教会からも、話をしてくれと 頼まれるようになり、やがて、毎週日曜日にはどこかの教会で自分の体験を語るようになった。日を追って、評判が大きくなり、 ついに月から帰って三ヶ月目の71年10月には、ヒューストンの世界唯一の屋内野球場で、五万人の聴衆を集めて大集会を開かれるに至った。

彼がアポロ15号に乗って月に向かって旅立つとき、それが単なる宇宙旅行ではなく、精神的な旅になろうとは、夢にも考えていなかったという。 彼は『地球を離れて、はじめて丸ごとの地球を一つの球体として見たとき、それはバスケットボールくらいの大きさだった。それが離れるに従って、 野球ボールぐらいになり、ついに月ではマーブルの大きさになってしまった。はじめにその美しさ、生命感に目を奪われていたが、 やがてその弱さもろさを感じるようになり、感動する。宇宙の暗黒の中の小さな宝石、それが地球だ。

地球の美しさは、そこに、そこだけに生命があることからくるのだろう。自分がここに生きている、はるかかなたに地球がポツンと生きている。 他にはどこにも生命がない。自分の生命と地球の生命が細い一本の糸でつながれていて、それがいつ切れてしまうかもしれない、どちらも弱い存在だ。 かくも無力で弱い存在が宇宙の中で生きているということ、これこそ神の恩寵(おんちょう)だということが何の証明もなしに実感できるのだ。 神の恩寵なしにわれわれの存在そのものがあり得ないということが、何の疑問の余地なくわかるのだ。

宇宙飛行まで、私の信仰は人なみ程度の信仰だった。同時に神の存在そのものを疑うこともしばしばあった。 しかし、宇宙から地球を見ることを通して得られた洞察の前には、あらゆる懐疑が吹き飛んでしまった。神がそこにいますということが如実に分かるのだ。 このような精神的変化が宇宙で自分に起きようとは夢にも思っていなかったので、正直いって、私は自分に驚いていた。

その臨場感は、知的認識を媒介にしたものでない。もっと直接的な実感そのものなのだ。私がここにいて、きみがそこにいる。 そのときお互いに相手がそこにいるという感じを持つだろう。それと同じなんだ。わかるかな。すぐそこにいるから、語りかければ、 すぐ答えてくれる。きみと私がこうして語りあえるように、神と語り合える。自分と神との間の距離感が全くない導きなのだ。要するに啓示なのだ』と語った。 そしてアーウインが自分の体験を充分に表現しきれないために、自分が作家か詩人であったならと嘆いた」

このインタービュー記事を見て私は、人なみの信仰しか持っていなかった飛行士が、宇宙から地球を見た瞬間、神の存在を実感し、 その後の人生を全く変えてしまったことに、共感を覚えずにはいられなかった。「視座」の違いがいかに大きな結果を齎(もたら)すかを知ると同時に。 私も同じような「啓示」を受けたことで、自分の人生観が作られたのを思い出した。

昭和18年末ごろ、敗色が次第に濃くなったラバウル基地で私は、自分の死がそう遠くないことを感じていた。どうせ死ぬなら、 連日の空襲に怖れながら生きるより、思い切ってこの世とおさらばしてはと思うようになった。そのとき、「びくびくせずに、 いさぎよく死ね」という声が心の奥から聞こえてきた。天の啓示だった。自分のいのちが、祖国の平和の一助になるなら、捨てるのは本望ではないか。私は腹が決った。途端に、晴れ晴れとした、解放された自由な気持ちになった。その後、何度も生死の境に直面したが、その度に啓示を受けて救われ、生かされてきた。

戦後、この生かされたいのちを無駄にしては相すまぬという気持ちになったのが、私の人生を作る決め手となっている。最近になって、 どうしてこのような啓示が私に恵まれたのか、私だけの特異現象なのだろうか。啓示は誰にもあるはず、だが、それを聞く耳を持たなければ、 単なるひらめきとして、聞き流してしまうことになる。

そのひらめきを啓示として受け取るには、私たちの心の奥にある魂が目覚めていなければならない。自我心(エゴ)が消え、心が澄みきった状態である。 では、魂がどうして啓示をキャッチし得るのか。もともと、私たちは自分の意志で生まれたのではない、大自然の意志、配剤によってこの世に生を 与えられたから生まれたのである。魂は、その与えられたいのちの中に含まれていて、宇宙の意志と強い絆で結ばれている。だから、 自我心が消え無我の境地が作られると、ひらめきを天啓として受け取ることができるのである。

しかし、この自我心というのは、少々のことでは消えず、私たちは普段、その自我心にふり回されているのである。自我心を消すのが難しいのは、 自分が作ったものだからだ。私たちが生まれてから、2、3歳で言葉を覚え、言葉を通して学んだ合理的思考と、持って生まれた本能の生命保持能力とが、 交り合って作られたのが、今自分が持っている自我心なのである。

自我心は、生きる原動力として大事なのだが、残念ながら、物事を論理的に、合理的にしか考えられない欠点を持っている。 しかも、常時、心の周囲を覆っていて、魂の働きを妨げている。また、自我心は、「そうありたい」「そうしたい」という意思は作るが、 「そうせずにはいられない」という、不撓不屈の強い意志は作れない。強い意志、愛する、信じる、自分を捨てることなどができるのは、 魂のみの所産である。私たちに一番大事なのは魂なのである。

視座を高めることの一つに、眺める自分と眺められる自分がある。この二つの自分のどちらが本当の自分なのかを見極めねばならない。 それによって単なるひらめきか、啓示かを聞き分けられるとともに、物事の見方考え方に天地の開きが生まれてくる。さらに、私たちの 存在を宇宙的視座で眺めてみると、自分というものの存在がいかなるものであるかを、さらに発見できるのではないだろうか。

『高松木鶏クラブ 多田野 弘顧問談(2016年5月)より』

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