クッキー(Cookie)の使用について

本サイト(www.tadano.co.jp)は、快適にご利用いただくためにクッキー(Cookie)を使用しております。
Cookieの使用に同意いただける場合は「同意する」ボタンを押してください。
なお本サイトのCookie使用については、Webサイトにおける個人情報の取り扱いについてをご覧ください。

Lifting your dreams
検索

Vol.62 日本の役割 ~もうすぐバレンタイン

2002/02/01

今月の質問者:小出 崇さん(海外事業部)~スノーボードの季節がやってきました!!月曜から週末が待ち遠しい今日この頃です。

no_image.gif

昨年9月11日の米国同時テロ以降世界情勢が深刻化しているニュースを日々聴き、日本の立場、役割をどのような観点から考察すべきか疑問に感じております。により従来の人、モノ、金に情報及び技術が加わり、より広い分野での世界交流がなされ世界各国で様々な恩恵がもたらされました。

1980年代から本格化したグローバル化。当初は、人、モノ、金が中心となり国境を越えて行き来されておりましたが、90年代に入りグローバル化の深耕及びIT革命により従来の人、モノ、金に情報及び技術が加わり、より広い分野での世界交流がなされ世界各国で様々な恩恵がもたらされました。

その一方で、グローバル化によってアジアを中心とした投機筋による金融危機、ITバブル崩壊後の世界経済悪化、地球環境問題、発展途上国或いは社会主義国家への西側社会体制への組入れによる問題等、これまでのアメリカを中心としたグローバル化による弊害が生じたのも事実だと考えられます。

そこでそのような弊害をなくそうとしたのがグローバル化の中でのリージョナル化であると思いますが、2002年1月からスタートした1つのヨーロッパ圏或いはNAFTA、ASEAN、アフリカ連合等このリージョナル化が21世紀のキーワードではないかと感じております。

そこで質問ですが、激動する世界情勢の中で日本或いは日本人のIdentityはどのように理解すれば良いのでしょうか?また、日本人として特にアジア諸国の方々とこのような問題を打開する上でコミュニケーションを図るためにはどのような点に気をつけなければならないか、先進国としての日本の役割はアジアの中で何が大切なのかご見解を賜りたい。質問内容が堅苦しく、長くなり恐縮ではございますが、よろしくお願いいたします。


ロンドンの地下鉄で降り口を間違えて出てしまった。戻りの切符を買うコインが足りない。思案にくれているのを見かけた近くの掃除夫が、黙って10ポンド(約2000円)をくれた。名前を聞いたが明かしてくれなかった。震えるような感動を覚えた。もし、私だったら同じことが出来ただろうかと。(多田野 弘)

photo05.jpg

あなたの質問は、ほんとは小泉首相に尋ねてみたい程大きな問題なので、回答に悩まされながら私の狭い了見を述べてみることにする。

最近の世界情勢を一言で言えば、これまでにない程大きく変わりつつあることである。第二次世界大戦の終焉を境に、世界の二代勢力であった米ソの均衡が破れ、長く続いた東西の冷戦が幕を閉じた。世界全体が自由主義経済体制に変わりつつあり、共産主義を固執しているのは中国、キューバ、北朝鮮のみとなった。世界の何れの国も自由主義経済を離れては存立を許されない、いわゆるグローバル化されたといえる。そのような中であなたの言われる種々の問題が起こっているが、それをどのように理解しどう処すべきかということである。

世界はこれまでも絶えず変化しながら現在の姿を形成したが、その変化の中でも絶えず栄枯盛衰が繰り返されてきた。何れの国も、企業も、人間もそれと同様の運命を辿ってきたのだが、必ずしも強いものが生き残り、繁栄しているとは言えない。とかく、この世は強いものが勝つ、弱肉強食の競争社会のように考え勝ちだが、原始時代の恐竜が強大なるがゆえに滅亡したことや、近くは強大企業ダイエー帝国の危機からも言えることは、強いものが必ず勝つのではなく、適者生存という、その環境に適合してきたもののみが生き残り栄えていくのだと言えるのではないか。

だから、環境が変わればそれに応じて自らを変えられる力を持っているもののみが選ばれる。つまりそれが構造改革であり、体質改善する事である。現状維持や量的拡大にうつつを抜かし、自己変革を怠ったものは消滅する運命を免れない。小泉首相が「構造改革なくして日本の将来はない」と執念を燃やしているゆえんはそこにある。

自らを新しく創りかえることは創造するとも言えるが、それには必ず苦痛を伴うのでやりたがらない。しかし、この世は如何なる変化が起きようとも、この自己変革ができる国、企業、人間のみが生存を許され、それができなければ消滅する運命にある。この世の中にいる動物、植物、生物はすべて人間も企業も国家も、適者生存という宇宙や大自然の摂理によって生かされているからである。

もはや相手に勝つことのみが生き残りの条件ではなく、アジア経済圏に限らず、世界のそれぞれの国、企業、人の特質を活かし、互恵補完の関係を創ることによって相互に発展することを考えねばならない。例えば、開発途上国の援助で豊かになれば日本の商品も使ってもらえるようになるではないか。

自らを新しく創りかえることは並大抵のことではない。それには苦痛に耐える忍耐力が要るからである.。最近の日本人は鍛えられていないから、耐える力が極端に不足しているように思う。「キレル」なんて言うのが、忍耐なぞ弱い証拠と平気で口に、自らを正当化している。

親は自分と同じ苦労を子にさせまいとして、我慢することを教えず、困苦欠乏に耐えることの大切さを知らない人間を創っているのだ。忍耐はややもすれば受動的であるかのように考え勝ちだが、むしろ、目的達成の為には自らを鞭打ってそれを成し遂げようとする積極性、気概を創っている。その気概や積極性は、人が使命に燃える時敢えて苦難を求めようとするところから生まれ、その忍耐は苦痛にはならず、喜びに変わっていくのである。

日本人の特質としては、勤勉性や高い貯畜性向、高い教育の均質性が産んだ優れた量産技術などが考えられる。過去の敗戦により徹底的に破壊され、国土は灰燼に帰したにもかかわらず、資源のない一小国に過ぎなかった日本を、僅か半世紀足らずして米国と並ぶ世界の経済大国にまで成し遂げた日本人の底力は大いに誇っていいのではないか。

しかし、これからは経済力だけでなく、世界中から尊敬と信頼を受けるようなバックボーンのある精神大国になる必要がある。そしてアジアに限らず世界から模範とされるような国、企業、人間に自らを変えていかねばならない。

航海日誌