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Lifting your dreams
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Vol.85 集中力

2004/02/02

今月の質問者:野崎 晃弘さん((株)タダノ物流)~正月休み後、体重を量ったら4~5キロ太っていました。最高顧問のように日々運動しないと駄目ですね・・ガンバリマス。

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私は、'90年8月に中途採用で入社しました。現在35歳で、今年は年男。仕事にも、家族を守るためにも、がんばらないといけない年齢になりました。

私は今まで柔道に励んできて、ある程度の成績を残し、心・技・体ともに鍛えてきたと思っていましたが、最近よく思うことは、会社での仕事や勉強の最中に、集中力を欠いてしまうことがあるのです。集中力が高まっているときは、仕事も勉強もペースが上がり、疲労も感じません。いったん集中力が途切れると、仕事の効率も悪く、注意も散漫になってしまいます。

こういった波は、誰にでも多少あると思いますが、最高顧問も集中力が途絶えることがあるのでしょうか。もしあるとしたならば、集中力を持続させるためにどのようなことをされていますか。頭を切り替える方法などがありましたら、お聞かせください。


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いい質問を頂いた。私もかねがね、もっと集中力が高められたらいいなあと思っていた矢先なので、共にこの問題について考えてみたい。

集中するということは、例えば、私達が仕事や勉強している時、いつの間にかそのことに夢中になり、我を忘れて取り組んでいる状態のことをいうのではないか。集中力とは、そのような状態を創り出す能力のことだとすれば、単なる力ではなく、精神を集中できる自信があるかということになる。

あなたはこれまで、柔道で心、技、体を鍛えてこられたが、集中力を養うには少し不充分だったのかもしれない。何故ならば、精神を集中するということは、技術を習得したり、肉体を鍛えるように精神を取り出して鍛えるわけにはいかないからである。また、私達の子供の頃、友達との遊びや自分の得意な学科には、時のたつのも忘れて夢中になり、すぐ集中できたが、大人になると次々と雑念が沸いてきて集中できないでいるのも事実である。

この集中を妨げているのは何か、雑念はどうして起こるのだろうか。集中できない理由は何だろうか。一つには、自分のしていることが他から強制され、指示命令されている、つまり、自発的、自律的でないことにある。だから自らの目的意識がなく、それをすることの意義がハッキリしていないことによる。二つには、心身の不調である。体にどこか不具合があるとか、何か心配事や悩みを抱えていることなどが消極的な原因と思われる。

集中するための積極的な要素は、そうすることが楽しく、面白いと感じられることである。好きなこと、楽しいことにはたちまち熱中して飽きることがない。はじめ面白くないことであっても、熱中することによって面白味が出てくることも事実である。私のいう楽しく面白いというのは、単なる五官の楽しみでなく、心の奥底にある良心が満足することをいう。だから肉体の苦しみさえも快とし、喜びに変えることができるのである。たとえ心身が不調であっても、はじめ面白くなくても一旦やり始めたことは、知らぬ間に集中できるようになる。

次に大切なことは、自分がやることに優先順位が決められていることである。何が一番大事なことか、また、何が一番緊急を要することかを常に定められてなければならない。その為には、その判断基準となる、その人の価値観、人生観の確立が必要条件となる。以上のようなことを通して、集中できる環境を創り出すことができるのではないか。

よく、「忙しい忙しい」と言ってわき目も振らずにやっている人がいるが、これは集中しているのではない。あれもこれもに気をとられ、結果的に集中できなくなっている姿である。忙しいとは立心偏(りっしんべん)に亡ぶと書く。心が滅びることであり、どんな心掛けの良い人であっても、忙しくすることによって、かえって何かを失っている。特に、人間にとってなくてはならない大切なものを失うという、大きな無駄をしていることに気がついていない。

ただ単に忙しいということは、余程気をつけないと、とんでもない横道にそれていくことになる。その為にも、やるべきことの重要度と緊急度の順位を必ず持ってなければならない。その上にしっかりした目的意識を持ち、やることの意義を弁え、心も体もベストコンデイションで取り組むならば、何時の間にか夢中になって我を忘れ、無人の野を行くが如き状況が生まれてくる。それが、本当に集中した姿といえるのではないか。

私の僅かな体験から得た、偏った考えを述べたに過ぎないが、参考になれば幸甚である。

航海日誌