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Lifting your dreams
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Vol.90 欲望について

2004/07/02

今月の質問者:松本 茂幹さん((株)タダノエステック総務課)~目が覚めると同時に全開モードになる長女・実怜も6月17日で2歳になりました。いつまで続くのだろう全開モード!

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私はスポーツカーが好きで、現在、国産スポーツカーに乗っています。乗り始めたころの出力は220馬力ほどでしたが、現在では国内自主規制枠いっぱいの280馬力までになってきています。これ以上の量産車を望めば、外車を買わなければなりません。

私の欲は留まるところがなく、当初220馬力のクルマを買った時には充分と思っていましたが、数ヶ月も経つともっとパワーのあるクルマが欲しくなります。多分、この先いくらパワーのあるクルマを買ってもまた不満になり、もっとパワーのあるもの、更にパワーのあるものが欲しくなるものと思います。例えが悪いですが麻薬患者が麻薬をもっと欲しがるのと同じかと思います。

そこで最高顧問にご質問申し上げたいのですが、欲望に留まるところがあるでしょうか?何故、欲が出てくるのでしょうか?

最高顧問の今までの人生の中で、欲望が満たされたことがあれば、その物事について教えてください。


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あなたの素朴にして、しかも人間の本質を突いた質問に感謝している。

結論からいうと、人間の欲望というのは留まることはない。なぜ留まらないかといえば、それは生きているからである。

禅問答のような答えになったが、恐らく納得できないだろう。人間は誰でも無限の可能性と向上心を持って生まれている。それは、自分を良くしたい、成長させたいという願望を持っていることにある。その人間の本能ともいえる"成長発展したい欲求"を追求することが、ひいては人間を完成させることになる。だから私達には、生命のある限りこの欲求はなくならないといえる。私が、「生きているからである」と言ったのはこのことである。

仏教では我欲を捨てろ、それを捨て切ったとき人間は本物になれるという。人間が神や仏のような人間になることを目指すならばそうかもしれないが、人間である限り、我欲の源である自我を捨てることは出来ない相談である。また、「欲を捨てろ」とか「足るを知れ」といって、欲を否定する考えがあるが、これは誤りである。なぜならば、人間が欲を持つのは肉体があるからであって、肉体は人間が自ら獲得したものでなく、大自然の力によって与えられたものであるから、肉体の持つ欲求を否定することは、大自然に対する反逆であり、謀反であると言える。

「足るを知って」しまえば、もうそれ以上発展しようという欲求は起こらず、大自然の摂理に反することになる。だからと言って、欲をそのまま肯定していいというわけではない。人間が欲を持っている意味と言うのは、私達の欲が理性を使って、より洗練された欲に変えていこうと努力することにある。また、そうした努力によって新しい価値が創造され、文化をつくり、文明をつくり歴史を作ってきたのである。

さらに、「自分には我がある」ということを認めるならば、そこに謙虚さが生まれてくる。この我を(小我)から(大我)へと成長させようとすることから、人間は成長できるのだ。大我というのは「人間の幅をつくる」こと、すなわち「包容力のある人間」になることである。だから、我を捨ててしまったのでは成長させることが出来ない。また人間は、我があることを強く自覚することによって、人間特有の謙虚な心を創り、他から学ぶ姿勢が人間として成長していけるのである。

人間は、満足すべきものが与えられたとしても、それだけですむものではない。その恩恵で暫くの間は有頂天になるが、やがてそれは当然のことと考えるようになり、さらに高い恩恵を求めて不満を訴えるようになる。つまり欲求不満や苦情にも、低い段階から高い水準に至るまでの階層があるのである。もし高い水準の欲求をを持っていれば、世の中は障害の多い満足できないところと映るだろうし、逆に控え目な欲求を持っていれば、どれほど貧しい状況に置かれても満足感を持ち続けられるのである。

このことから、欲求不満を解消する為に、私達は低い欲求に甘んずべきだというのではない。むしろ、人間はある欲求が満足すれば、さらに次の欲求を求めるというように、絶えずより高い状態を求め続ける所に進歩が見られるのである。その意味では欲求不満は、人間に成長を促す重要な役割を果たしていることになる。

心理学者のマスロ-は「欲求は、もはや卑しいものでもなければ、醜いものではない。新しい価値を創造するもの、人間性を高めるものとして肯定されねばならない。欲求は人間性の法則であり、これを認め、尊重することは、とりもなおさず心身の機能を最大限に生かすばかりでなく、人間の成長と健康を促進する結果となる。すなわち人間の欲求を高次の概念と考えることにより、自己実現の世界が開かれるのである」と述べている。そこで、今回のあなたのスポ-ツカ-の問題は、どの水準の欲求にあたるのだろうか。

私のこれまで求め続けてきた生き方は、私のこの与えられた生命、預かった命を最大限に活かさねばならない、最大限に活かすとは、他に役立つことにあると考えて生きてきたが、辛うじて達成できたのではないかと思う。その為に私の持ち続けた欲求は、終始自分を高め成長させることにあり、現在も進行形である。ただ一つ悔いが残るのは、ムダな時間を多く失ったことである。

充分な答えになっていないことを了とされたい。

航海日誌