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Lifting your dreams
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Vol.39 先見力とは

2000/03/01

今月の質問者:森山 正純さん(サービス部)~20歳代にはバレーボール・野球・剣道・バドミントンと週8回はスポーツに熱中しましたが、バドミントンで肩を痛め、テニスを始めたところ病み付きになり、現在も続けています。天候がよければ、毎週土日の早朝より2~3時間汗を流すのが一番のストレス解消になっています。テニスの後のビールの味がたまらなく上手いのが原因では!海外ではシングルス優勝1回(エジプト)、ミックスダブルス優勝2回(ヒューストン)が戦歴です。

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今までに何度か名誉相談役をの講演をお聞きし、また改めて社史を読み返してみると、当社の創業者と歴代経営者には時代のニーズを掴むアンテナ源と先見力が在ったと痛感しております。

先見力とは事が起こる前にそれを見抜くこと、と辞書に在りますが、名誉相談役の考えている先見力とはどういうものでしょうか。また会社経営の中で先見力が際立って的中したと思われる事例を御紹介頂ければと思います。


多田野名誉相談役:先日ニュージランドに行ってきた。年とってからの英会話の勉強が徒労に近いことがわかった。若い時にやっておけばよかったがよかったが、後の祭り。しかし、頭の体操のためと思って続けよう。

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質問にお答えしようと思って我が身を振り返ってみましたが、あなたの言われるような先見力が私にあっただろうかといささか恥じ入っています。何しろ創業の頃は20代の青二才だったし、経営についてはまったく素人、しかも相談相手はどこにもいません。当時の私のリーダーシップは海軍で鍛えられた「率先垂範」しかありませんでした。ですから、一人で苦しみ悩み、暗闇の中を手探りで這い回っていたように思います。

しかし、孤独な闘いであったからこそ何ものにも依存せず、自分の信ずる道をまっしぐらに進んでこられたのかもしれません。また、先を見る力などなかったことが、かえって自らの進む道を真剣に探し求めずにいられなかったのかもしれません。

長い企業経営の中で、何度も逆境にぶち当たってきましたが、その壁を突破するには何をなすべきか、どの方向に進むべきかを決めねばならなかったのですが、その選択の根本にあったのがあなたの言われる先見力なのかもしれません。

ですから、先見力は知識や技術から得られるものではなく、体験を通して得られた知恵の産物だと思います。つまり、物の見方、考え方、どのような人生観、社会感を持っているかによって先を見る力が身につくのではないでしょうか。しかし、そのような先見力がぴたり的中したと思えるような事はひとつもありません。

ただ、大筋から外れていなかったことだけは確かと思う例を述べてみます。

創業以来長らくインフレの時代が続き、賃金と物価は競い合って高騰し、働いても働いても生活は楽にならない状況で、私は考え込んでしまいました。毎日、朝早くから夜遅くまでこんなに働き通しても、少しも効果が表われはしないのはどうしてなのか。一体、私たちは何のために働いているのか、そしてまた、何のために企業経営しているのかを考えさせられたのです。

その挙げ句に得た答えは、働くということは人間にとって素晴らしい意味をもっていることを知ると同時に、企業経営の社会的存在理由があることを知ることができました。つまり、私たちが働くのは、単に生活の糧を得るためだけでなく、自らの能力を活かし社会に役立つ存在たらしむるにあり、その存在価値に応じて社会から遇されるのであって、会社の経営も、存続の為の利益が目的であるのではなく、その企業の製品やサービスが、どれだけ社会に役立っているかによって、利益が与えられるという、人間の生きる目的と企業の目的が、全く同じであることが腹にはいってきて、それが大筋において間違っていなかった事です。

このような考えが、私の思想体系の中でできたため、昭和36年、他の企業に先駆けて、残業廃止を含めた全員月給制を採用し、翌年には、タイムレコーダーの廃止に踏み切り、昭和42年に完全週休2日制を、四国で最初に実施することができました。

今一つの例は、零細企業から拡大成長するには、自己資金のみではその伸びが限られますので、どうしても銀行借入による事となります。しかし、銀行は我が社の伸び方が大きかったのを危惧してか、必要額の貸付けを渋りました。そして私は、会社の土地、建物、設備等すべて借入の為の抵当に入れ、その上、私個人の僅かな不動産、預金も担保に提供せねばなりませんでした。もし、借入金の返済が滞った時は、社員も職を失いますが、私は家族共々、無一文で路頭に迷うことになりますから、真剣にならざるを得なかったのです。

しかし、たとえそのような事態に陥ろうとも、かつて創業以前には住む家とてなく、もともと裸一貫だったのですから、恐れる気持ちはありませんでした。その真剣さが先見力を助けてくれたと言えるかもしれません。また、南方の戦線で毎日、どうせ長い命ではないと思い、何のために死ねばいいのか、どんな死に方をすべきかを考え続けてきましたが、そのことが、ひいては何のために生きるかの答えであった事に気がついたのです。

「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」とあるように、我が身を忘れ、自分を勘定に入れないで物事を考える時、正しい道が示されるのではないかと思います。それが、とりも直さず先見力といえるのかもしれません。充分意をつくしていませんがお許し下さい。

航海日誌